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「おうちで水循環」の様子を見に行く

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高知、土佐山田。柔らかな四国山脈の山並みを背景に、のどやかな里の風景が広がる静かな山辺の町。迎えに来てくださった谷口さんの車が、ゆっくりと細い道に入っていく。

「家は、もう25年ほど前に建てました。当時はこのあたりは、田んぼばかりで本当にぽつりぽつりと、数えるほどしか家はありませんでしたが、この自然の豊かさがとても気に入りましてね。思い切ってここに家を建てようということになったのです。もともと、私も主人も京都の出なのですが、私は京都の高瀬川を、夫は滋賀県琵琶湖のほとりを(ご生家が戦時中の立ち退き対象になり、幼年期に琵琶湖のほとりへ転居)と、二人とも水辺を遊び場にして育ちました」

 ゆったりと立ち並ぶ家々の前を、幅2メートルほどだろうか、まっすぐなきれいな小川が流れている。「この川は舟入川と言います。昔は本当に小舟が入ってきていたのでしょうね。ここらの人たちは、今もこの川で野菜を洗っていますよ」

 浅く透明な水の向こうにくっきりと川底が見える。敷きつめられ、平らに並ぶ丸い小石と、その間を埋める深い緑色の繊細な藻。よく下水道にされませんでしたね。これまで日本の多くの小川がたどってきた無粋な運命を、思わず口にする。コンクリートで川底を固め、フタをして道路を拡張すれば、下水道は整備できるし、うっかり車が川に落ち込む不便もない。 「確かに、夜暗いときなど車の出し入れだけは気を使いますよ(笑)。でもこのきれいな川には変えられないと思います」
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元高知県海洋深層水研究所所長
谷口道子さん


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家の前を流れる美しい小川舟入川

 そして車は、とある家の前で止まり、着きましたよ、と谷口さんは言った。「車庫の下がバクテリア等を使う石井式の浄化槽になっています」 車を入れるスペースを覆う白いセメントの中程に、丸い大きなフタが見えた。それ以外はどこも変わったところのない普通の家。いや、車庫の下に埋まっているという働き者の小さな生き物たちの住みかも、言わなければ誰も気が付かないだろう。ぼうっと辺りを見渡す。穏やかな雨が庭の木々を濡らしている。

 谷口さんが、庭の奥で手招きをする。 「この木の陰に浄化槽から出てきた水の貯水槽があります。真夏にここから庭にたっぷり散水するとなくなる程度ですから、かなり容量はあります。ほら、中に水がたまっているのが見えますか」

 プクンと丸い大きなプラスティックの白いタンクをのぞき込むと、透明な水が上のほうまで溜まっていた。一見すると、もうキレイな水のようだった。「BOD(生物化学的酸素要求量)の数値としては、もう家から出してもOKなのですけどね。でもまだ私の満足するほどキレイでないので、ここから先は、庭先の『水耕』に流します」
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車庫下は浄化槽


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庭の奥の貯水槽


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水がたくさん溜まってます
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谷口さんが指さすルートを目でたどる。いくつかの水槽が家の門の方向に向かってお行儀よく並んでいる。間を水のパイプがつないでいる。 「水耕は、浄化槽から出てきた水にまだ含まれている窒素やリンの量を下げるために始めました。ここでは水草、特に藻が重要な役割を果たしています。ペットボトルを切ったものを、藻が増えやすいように基材として入れています」

 そのペットボトルや、水槽の壁にへばりつくように、小さな川貝がぽつぽついるのを見つけ、声をあげた。「ああ、それは『ニナ』という貝です。藻が増え始めた頃に、私が水槽に入れました。ニナは藻を食べるのです。藻とニナがお互いの増えすぎを防ぎ、水槽の中で小さな生態系を作ります」

 谷口さんが初めて水をリサイクルしようと考えたのは、15年ほど前のことだという。そこからいろいろ調べ始め、実際に決断したのは阪神大震災の、トイレや防災に必要な水がなくなるという深刻な事態を見てのことだった。

 一般に、家庭で使われる水のうち、人が飲む水はわずかその1%。加えて料理、風呂、洗濯といった上水道水の必要な場合が約8割を占める。その他の用途の水、たとえば庭木への水やり、洗車や水洗トイレの水など、必ずしも上水でなくてよい場合には、中水道水を用いるという考え方がある。中水は飲用には適さないが、農工、清掃には十分な水質だ。谷口さんの家のトイレには、まさにその中水が使われている。
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水耕


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水瓶のふちに…



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「ニナ」 見えます?
 しかし「実際に浄化槽を入れるのはけっこう根気のいる作業でした」と谷口さんはいう。「平成1年に『欲しい、欲しい』と言い始め、ミミズ活用のくり石水質浄化装置など、いろんなタイプの浄化システムを見学して勉強を重ね、近隣30軒に文書を作ってお配りしてご理解を得るのに約1年。『本当にキレイになるの?』という家族の同意を得るのに5年」

 決め手は、水がリサイクルできると説得できたことだったそうだ。それには生活スタイルの変更を迫られる家族も賛成してくれたという。そして平成8年にいよいよ工事。「工務店さんにもご苦労をかけました。いろんなステップを踏んで、今のこの家のベストな水環境ができあがってきたと思います」
 実は敷地内の傾斜の関係で、庭の貯水槽からトイレはわずかだが登り坂になっている。そのままでは水が流れないのだが、「工務店の方が工夫してくれて、ちゃんとトイレに貯水槽の水を使えるようにしてくれました。そこだけ小さなポンプが働いているんですよ」タンクの水を流すと、庭のどこかでかわいいウイーンというモーター音がして、新たな中水が坂を上っているのがわかった。
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浄化槽導入について近隣に配った詳しい説明入りのご挨拶状
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お風呂も実際に流してお見せましょう、と谷口さんが浴槽に水を入れ始める。 「もっとも、これでお風呂の栓を抜いても水はワッとルートを回るわけではないのです。だいたい前々日ぐらいに使用した水が浄化されて、ゆっくり最後の水耕に流れてきます」浄化プロセスのインプットとアウトプットには不思議な断絶があるのだという。その間を占める大事なブラックボックスが、車庫の下の浄化槽だ。

「石井式合併浄化槽は、汚水が入って浄化されるまで約72時間。動物プランクトン、カビ、バクテリアを皆使って処理するのが特徴です。うちに導入した一番小さなタイプのものでも、本当は7人家族が生活して出す汚水を十分に浄化します。つまり、いつもある程度の量の食糧(有機物)を供給してやらなければ、中の生き物たちが飢えてしまうほどの処理能力があるのです。でもうちは人が少ないから、常に飢餓状態。設置前にはどうなるかと少し心配しましたが、そうなると、彼らも卵になったりして休眠するようですね」
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石井式浄化槽


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水草いろいろ

 自分の排出した水が、別の小さな生き物たちの食べ物になる。その感覚は、そのような設備を持つ家を初めて訪れた者にとって、とても新鮮なものだった。思わず居住まいをただす。さっき流したトイレの水は……。飲み残したお茶のゆくえは……。食べてくれる生き物の迷惑になるようなものを流していないか、急に気になり始めるのだ。改めて、日頃の家事内容いろいろを思い起こす。もうすっかり、自分が谷口さんのような水の浄化システムを家に入れたときのことを想像している。自然に、洗濯のような大量の水と洗剤を使う家事はどうしているのですか、と一番ひっかかっていることを口に出して尋ねていた。

 谷口さんは、その質問を予想していたというように、最も生物分解性が良いのは石鹸ですが、と前置きして答えた。「石鹸かすはバクテリアたちの食べやすいエサになります。でもそれでもたくさん使うのは、私もいつもどこかひっかかっていたんですね。それで、何年か前に思い切って、塩と炭での洗濯に切り替えました。そうしたら、洗剤を使っていた頃に比べて、精神的にすごく楽になったんですよ」
 やはり、水はどこまでもつながっている、と思った。洗濯槽から浄水槽、水耕、そして河川へ……。そして谷口さんの意識も、ずっとつながっている。家事をしながら、水と一緒に旅をしているのだと、厳粛な気持ちになった。そして同時にとてもうらやましくもなった。自然の力と人間の工夫。その二つが車の両輪のように、新たなナチュラルライフスタイルの支えになっている場には、よみがえった水と、おだやかな空気と、温かな人の心が満ちている。

 家を辞しながら思った。21世紀、人の住みかはみんな、谷口さんの家のような本物の“地球”に少しでも近づくといいな、と。目立たぬところでさりげなく、今日も浄化の営みを繰り返す、小さな地球に。

Interview by io

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