2月13日(月)卵巣を食べる女

プラットフォームから巨大なビル群が見える。
夕暮れ時、灯りの並ぶ空中回廊を人が行き来する。
その先に極彩色のバッタ屋、電気屋、ゲーム屋、劇場…
アキハバラの電気街はますます全体がBLADE RUNNER化している。
オモシロイ街。

以前、日経新聞の記事でお世話になったライターさんと、
初めて顔を合わせる。今日はBIGLOBEの新コーナー取材。

細かいことは『重曹生活のススメ』を読むので、とおっしゃり、
そもそもこんな活動をしている理由は、と切り込んでくる。
「胃薬で掃除できるのは不思議だったから」と答える。
重曹との出会いは1997年、かれこれ9年になる。

少しずつ、いろんな本を出版しながら、専門家に教えてもらいながら、
あちこちのフィールドに落ちている知恵を拾い集め、統合していったこと、
今もその途上にあること、同時代の横のネットワークが宝であること、
地球と私たちの体がこの「持続可能な」生活システムのお手本であること、
などを話す。

モノの見方が変わるところが一番すごいところかもしれませんねえ、
と、共に柚子はちみつ茶をすする。そうそう。ですからね、と言葉をつなぐ。
重曹=掃除というテーマはかえってモノの本質を見誤りますよ、
重曹が掃除もできる胃薬であった理由を思い出してくださいね、
とお願いし、のみならず、重曹が掃除もできる入浴剤であったり、
掃除もできるイオン飲料であることも、おもしろおかしく付け加える。

夜、会合で訪れたお寿司屋さんで珍味が出てくる。
白子焼き。
うう、私これダメなんです、なんだか脳に似ている。
この発言、さっそく白子をほおばっている同席の男性陣を震撼させる。

ではその代わりに、とまた珍味。
クチコです。なまこの卵巣。
どうあっても生殖器を食べよというのね、と板さんにジャブをかまし、
一口噛んでみる。恐ろしく強いうま味が口の中に広がる。

「ふーん、卵巣なら食べるんだ」
どうやら、からかわれている様子。

ええ。殿方は今日が満月ということ、ご存じありませんのね。
今日は特別な月、陰暦で今年最初の満月ですのよ。
そのことを思い知るために、こちらを頂きますの。

みなを煙に巻こうと不意に口を突いて出た、
芝居がかった言葉を、私の耳も聞き取って反芻している。

本当にそれを思い知るためではなかったかと、
どこか不思議な感覚を覚えながら。

ビックリ箱はいろんなところに仕掛けられている。
人生は、電気街以上にオモシロイ。

酸素系漂白剤の威力

実験してみた。
ちょうど、主人が、服を引っ張り出してきて、「すごいシミになってる!」というのです。

うちの男どもは、自分の持ち物に無頓着・・・腹もたちます!
そこいら中にぽいぽい投げ捨ててくれる。
この服のシミも、恐らく、洗濯して片付けようとしていたものの上にでも、今まで着ていたものを放り乗せて、知らずに私が衣装ケースにしまいこんだのだと思う。
それほどに、首周りくっきりの茶染み!首のところ見て!アップ!1時間、ぬるま湯と酸素系漂白剤に浸けて、普通の洗濯物と一緒に洗いました。
夕方、洗濯物を取り込むと・・・・
ほらね、真っ白なんです。すっかりシミは落ちました!もうワンシーズンがんばってもらいましょう!

これだから、ナチュクリはやめられません!

失敗をこなしてこその、熟練!
このブログを覗いた人はきっとチャレンジャー!
一緒にがんばりましょう!(^_^)v

1週間とコーヒー

ばったばたの1週間が終わった・・・。
仕事以外で、とにかく忙しかった・・・。

さすがにのびて、昨日はだらだらと1日を過ごす・・・。
週に1度は行く、コーヒー豆の焙煎屋さん。

志度というところにある「和樂」(わらく)というお店・・・。
1週間なにしてた?という話に花が咲き、みんなのした事、私のしていた事、あれやこれやと聞いたり聞いてもらってると、だんだん気持ちも前向きになってくる。

あまりに忙しいと、自分でも気がつかないうちに、思ったよりやられてたってことにようやく気がつく・・・。
そういうことを気づかせてくれる場所がいくつかあることに感謝しつつ、今週のおすすめコーヒーを頂く。

今日のはちょっと苦めで、目覚ましにはちょうどいい。
この豆を買って帰ろう。いろいろな状態のお豆さんなのです。美味しいコーヒーになるまで大変大変!

明日から、仕事と子供の学校と、また忙しい週明け・・・。
マスターや常連さん仲間に愚痴を聞いてもらう日を楽しみに、また1週間がんばろう。
みんなの愚痴も聞くからね、それが愉しみ。

どんなに忙しくても、心落ち着ける時間をほんの少し持てれば、また元気になれるから不思議・・・。

咳も随分よくなった。

再来週くらいから、マスクをようやく外せる気がする。
焙煎前の豆。麻袋の中や樽の中で、じっと出番を待っています。

ここのコーヒーも、使ったあとの出がらしも、私の大切なナチュクリグッズのひとつ。
重曹とペアで消臭剤になったり、ちょっと古くなった豆をもらった時は、すかさず石鹸に。
コーヒー石鹸は、とってもシンプル。
消臭効果が高いので、精油を入れても匂いが消えるのが早いのだ。(dakara、入れずに済ます)

同じ鹸化率でも、コーヒー石鹸はとてもさっぱりとするので夏には何本も同じレシピで作る。
とても人気のある一品。
私自身も、この石鹸は大好きで、愛用している。
匂いがないので、キッチンソープにもおすすめだし・・・。
廃油石鹸もこれで作ると相当使い心地がよかったから・・・。
このへんはまた、石鹸ブログに書こう!
夏向けの石鹸を仕込みに入る来月までにレシピを考えなくっちゃ、古いのも引っ張り出さなくっちゃ!
私の春支度です>^_^<

2月12日(日)バッテリーあがり

ラボに出かけようとしたら、
車のバッテリーがあがってしまっていた。
少し前から危ないとは思っていたけれど。
うーん。

引き取りに来ていただいて、
本日の外出予定もご破算にする。
その代わり、腰を据えてたまったデータの整理を始める。
贖罪のごとく。いえ、贖罪ではありませんが。

ヴェルディの「仮面舞踏会」をかけ、
若いパヴァロッティの軽薄な黄金のような声を聞く。
ふうむ、でも愛している女性を手放そうとするときの独唱は、
少しだけそのピカピカの声が湿っている…などと感じ始めたら、
止まらなくなった。「ナブッコ」でかなり酔っぱらい、
少し軽めに、と、バッハの「ゴルドベルグ変奏曲」をかけ、
でもおさまらずモーツァルトに走る。ピアノソナタ6、7、8、9、
セレナード第13番ト長調 K.525アイネ・クライネ・ナハトムジーク…

バッテリーがあがっていたのは、
どうやら私のほうらしく。

手当たり次第に乱聴するうち、
やっとなにかが満たされていく。

明け方まで楽しく“贖罪”してしまった。
ちょっと眠ろう。もしもありがたくもちゃんと明日も目覚めたら、
ますますこの世の真善美に仕えます。
と、本日のむちゃくちゃな演奏会のキャストたちに、
お礼を申し上げる。誰にも迷惑をかけず、
こんなにハッピーな気持ちになれる、
現代に生まれてよかったと感謝して。

2月11日(土)やさしさチョコレート

心が凍えそうになっているとき、
人の手になる温かな食べ物で、
思わず知らずほぐれていく何かを感じることがある。

痛い痛いと叫んでいるとき、
痛くてもコッチ行こうぜ!と呼びかけられて、
ふと我にかえり、傷をさすっているよりも、
光を目指して進む勇気を与えてもらうことがある。

闘っているとき、
黙ってそばで見ていて、
終わってもただそこにいてくれて、
そのことがめちゃくちゃしみることがある。

やさしい気持ちの現れは、
その時その状況で千変万化する。
厳しいほうがやさしいこともあるし、
やさしいほうがやさしいこともある。

中でもやさしく見えて冷たいこと、
やさしくても卑怯なことには用心、用心。
そういうやさしさでないやさしさが一等いい。

とりわけ。
弱さはやさしさにつながらない。
弱さはむしろ、残酷と無慈悲の仮面である。

もうじき、聖バレンタインデイ。
その人は命を賭して、
愛もて結ばれぬ運命の破壊を試みた。
火のようなやさしさを貫かれた方だ。

さて、チョコ欲しい(義理でいいから)と、
あちこちから言われているけれど、
明日あたり買いにいこうかな、どうしようかな。

義理じゃなく、本当にやさしくするので、
気はやさしくて力持ちな金太郎さんキャラに育ってね、
と、メッセージを付けよう。

同じ時代に生まれたことを、
とても感謝している。
ともに磨き合うことのできるこの世界を、
どんなにかありがたく思っている。

真摯に生きねば、
落ちこぼれまする。
そんなこと、あってはならじ!
と、義理ではなくがんばるのでありまする。

2月10日(金)ロビーには歌を、傷にはワインを

相談、説得、議論、妥協、
連絡、手配、報告、挨拶…
といった単語にまみれて一日が過ぎ、
本日最後の打ち合わせ用件のため、
都内の小さなホテルに赴く。
午後9時半。

このロビーは足音が響くので、
いつもヒールをそっと下ろす。
でも今日はちょっと様子が違う。

ジャンベの音がする。
民族衣装の女性4人がアカペラで歌っている。

金曜の夜、小さなコンサートが開かれていた。
隅のソファにちょこんと腰を下ろし、そっと耳を傾ける。
「これは思わぬプレゼントだなあ」
待ち合わせた相手も場所を変える気はなく、
次第に微笑みが増えて、話もはずみ始める。

ひとかたまりだった女性たちがフワリと展開し、
客たちの座るソファを囲んで輪になった。
ささやくように「上を向いて歩こう」の歌が始まる。
文字通り、生の3D音源と化したヴォーカルが、
客たちの頭上でひとつに溶け、ゆっくりと落ちてくる。

「月だ」
相手が真上を指さした。
ホテルの透明な天蓋を突き抜け、
蒼い光の束が眼底を射す。
ウエヲムイタラツキ

突然記憶が蘇る。
中国の、名前も知らぬ奥地の塔に佇んだとき、
今日と同じように空から降ってきた優しいものに触れた。
誰かが歌う「アヴェ・マリア」。

そのとき私は、
ともに旅をしていた少年のわがままに疲れ、
思わず怒鳴ったあとだった。プイッと子どもが消えたあと、
かなしみがあふれた。愚かな。彼も苦しんでいるのに。
Ave Maria

2月9日(木)眠れよ吾子

また昨日から長い一日を続けている。
いい加減にしないと武装蜂起するわよ、
と、私の肌が叫んでいる。

そりゃそうです。
1週間に2回はあんまりです。
せめて1回にしませんと……。
(そういう問題じゃない?)

ものを考え始めると、
急速に時間が過ぎ去っていく。
食べることも眠ることも忘れる。

ずっとそのままでいればいいかというと、
生きていくためにはそうもいかないのでありまして、
無理矢理体をデスクの前から引っぱがして、
イヤダイヤダと暴れる子供をなだめるごとく、
ロボットのようにぎこちなく世話をします。

そんなとき、役に立つのがお風呂とヨガ。

お風呂はぬるいのに長く入る。
頭の中のとんがった何かをゆっくりゆっくり冷ますように、
ひたすらお湯の中でぼーっとすることを強制する。

ヨガは、脊髄から腰骨を整えるもの中心に何ポーズか。
床にタオルケットをひいてほんの十分程度。
毎日ではなく、気の向いたときに。
十代で覚えて、今も私の健康管理のバックボーンだ。

でも、健康管理、という言葉は適切ではないかもしれない。
管理しているというより、体に話しかけるときの言葉だから。
意識の私が支配し得ない何者かに、
どこか深くコンタクトを取るために、
一種のコミュニケーションツールとして使っている。
これもひとつのnon verbal communicationじゃないかなあ。
今流行りの。(というか流行るも何も人間とはそういうもの)

そんなことを考えていたら、
久しぶりにちゃんと対話したくなったので、
今日はちゃんとセルフケアするんだよ、と、
自分に言い聞かせているところです。

オヤスミナサイったらオヤスミナサイ!