2月19日(日)乱暴者

たとえば、ある溶液を定量したいとして、
フラスコのこの位置まで水を足せばいいとわかっているとき、
乱暴者もそうでない者も水をチューブで足していく。

水位が目標の目盛りに近づいて、
微妙な加減が必要になったとき、
乱暴者はそのままの呼吸で水を注いでいく。
水量調節があまり思い通りでなくても、なに、大丈夫、
その道具を取りかえようという発想はない。
始めから、それは面倒だと却下しているのだ。
そこにあるのは、根拠のない全能感。

結果、一瞬にして目盛りを超えた水が注がれる。
もうその溶液は使いものにならない。
全体を無駄にして最初からやり直しだ。

予測できないわけではない。
ここでこうしたほうがいい、という声は、
途中で乱暴者にも聞こえている。
ただそれを、おのれの都合で無視する。

私は乱暴者だ。
何度も何度もそれで失敗し、
頭をぎゅうぎゅう押さえつけられるようにして、
それではダメだと目の前の結果に教えられた。

手は頭に仕えるのではなく、
手の中にある事象に仕えよ。
頭はその手に仕えよ。
手より先に行くなよ。

それって何かに似ている。

お釈迦様にケンカをふっかけ、筋斗雲でひとっ飛び。
世界の果てに落書きをして、意気揚々と帰ってきたら、
落書きはお釈迦様の手の平にあった。
頭には緊箍児、暴れるたびにギュウと締まる。

確かに、人生は、
ずっと誰かの供をして旅をしているのかもしれず。
その方は丸腰なのに、
守るというより導いていただいているのも、
なんだかどこか似ていよう。

明日の旅路もよきものでありますように。
なにかまたひとつ、素適な気づきがありますように。
はなはだサル知恵の修行者も、
そろそろ眠りにつくことにいたしましょう。

2月18日(土)橘の日

どういうわけか、柑橘類がたくさん届く日だった。
頼んでおいたもの、おすそわけして下さったもの、庭で穫れたもの。
伊予柑、ポンカン、ネーブル、デコポン、有田みかん、セミノールと、
まるで日の光のような明るい色でキッチンが輝く。

風邪をひかないように、とお心をいただいたり、
レモンはおまけです、とメッセージが添えてあったり。
柑橘ひとつびとつを本当にありがたく、もったいなく思う。

柑橘の橘は、姫の名前。
ヤマトタケル命の妻神、弟橘姫の名にある。
荒れる海神を鎮めるため、自ら海に入って戻らなかった。
波打ち際に打ち上げられたのは、姫の櫛。

櫛もまた、姫の名前。
スサノオ命の妻神、櫛名田姫の名にある。
八岐大蛇に食べられるところ、櫛に姿を変えて助けられた。
大蛇の体から出てきたのは、アメノムラクモ剣。

この剣、縁あって受け取ったのはヤマトタケル命。
のちにクサナギ剣と呼ばれ、命のピンチを救った。

櫛に終わるヤマトの悲しみの物語と、
櫛より始まるイズモの冒険の物語と。

その間をひとつの剣がつなぐ。
剣を持つは、いずれも勇猛果敢な男神。

果実が傷みにくいよう、ひとつずつ丁寧に並べていたら、
イモヅル式に神話世界の断片が次々と立ち現れて、
しばらく空想にふけってしまった。

明日から、ミカンをむくたびに、
姫神たちが飛び出してきそうだ。
オレンジを半分に切るのは、
いにしえの剣の小さな化身。

それにしても、有無を言わさぬ物量に、
思考ってけっこう引っぱられるんだなあ。
それもまた楽し。夢うつつ、その綱引きも楽し。

2月17日(金)月桃の人

インターフォンが鳴る。
ごく近所の家の御主人が、
何事かならん、玄関先にいらしている。
寒い朝。2月の気象は、
なかなかすぐには春に席を譲らない。

実は家内が亡くなりました。

想像を超えたご訪問理由に絶句する。
まだ彼らは若いのだ。奥様も二十代。
そんなことが、どうして。

ガーデニングにたくさん苗を譲ってもらったから、と、
ポットに植えたかわいいツル植物をいただいたことがある。
芋の一種なのです。でも食べないでくださいね、
毒がありますから。そう言われた。
ツルはヒュンヒュン回転してまわりの環境を探索し、
最後は所在なげに本棚の壁に寄り添った。

クリーピングタイムを植えた、と聞いたこともある。
そうすれば、その場所を踏みつぶしたり、
ゴミや犬のウンチを落とす人がいなくなるから。
ちょうど道ゆく人も眺められる、土の見える場所で、
年々緑は大きくなり、6月になるとあたり一面、
濃厚な花の香りをふりまいた。

最後に話をしたのはいつだったか。
いつもいい匂いがするのですね、と呼びとめられた。
お風呂の換気扇や、リビングのほうから。
それから朝の、寝室の窓を開けたときも。

感覚の鋭い方だなと思った。

ああ、いつも精油を、植物の力を、
エアフレッシュナーに使っているからですよ、と答え、
もしかしてお邪魔になっていますか、とうかがった。

いいえ、いいえ、とてもすてきな香りで。
あれは何の香りなのでしょうか、すっきりした甘い、
清潔な香りをお使いですね。私も使ってみたいなと思って。

それはきっと月桃の香りでしょう。
お気に召したのなら、いつか差し上げます。
高価なので、精油の形ではあまり手に入りませんが、
それを希釈した使いやすいウォータースプレイがあるのです。
私もベッドリネンやお洋服の衛生に愛用しています。
本当に気持ちもシャキッとしますし、気持ちいいですよ。

そうだ。その約束を果たしていなかった。
そのうち、そのうちと思ううち取り紛れ、
記憶の狭間に雑草が生えた。

昨日が今日も、今日が明日も同じように続くと、
どうしていつも脳天気に信じられるのだろう。私は。
走って走って走って。今日やることを今日なさねば、
明日もできると誰が言える。もっと走れ、走れ!

月桃の香りを、小さなご供養に。
優しく強い命の力の風に乗り、
もう春の来ている南の国まで御魂安けく運べと祈る。
生きていることを、土を踏みしめながら、
友と笑いながら、冷たい風の中にヒリヒリ感じながら。

2月16日(木)「誰でも簡単ラクラク重曹生活」

練馬区立関町リサイクルセンター
環境学習部会主催エコ生活講座
「誰でも簡単! ラクラク! 重曹生活」

メインインストラクション担当:io
サブインストラクション担当:shus

講座音声ファイルはここをクリック
※Windows Media Player、Quick timeなどでお聞きいただけます
※ご感想や要望のコメントくださいませ。今後の出前に反映します(^^)

2月15日(木)serendipity

bubuさんとブレスト。
検討中のショップオリジナル包装デザインについて。

話しているうちに、ふと、
この地球が数ある星の中で生命を育むのに、
いかに奇跡のような好条件を有しているか、
あまりにも出来すぎた要素の積み重ねに、
知れば知るほどゾワゾワする、というトピックになる。

きっとカレンさんも、同じ驚きと発見をもって、
重曹を始めとする生命サポートに欠かせない自然物質を、
深く理解したにちがいない。このサイト立ち上げのきっかけになった、
最初の翻訳書『天使は清しき家に舞い降りる』の著者だ。
お会いした彼女は芯の強い、シャイな勉強家だった。
カレン・ローガンさん

セレンディピティという言葉がある。
偶然を幸運に活かすこと、その能力とでも言おうか。
学問的にも、ほとんどの発見や発明はそれに支えられている、
とわかってきて急に有名になった。

重曹というありふれた天然ミネラルが、
未来につながる掘り出しものに変わり、
今も知恵と工夫、新たな発見が連続する。

しかしそれはまた別の言い方をすれば、
カレンさんに続く多くの人々の、
この世界を自ら破壊するのではなく、
一歩でも二歩でもより命を育む環境に変えたいという、
真摯な意志あってのこと。やってきた偶然の出会いを、
しっかり受けとめる“器”あってのセレンディピティだ。

思えば史上最大のセレンディピティは、
この地球かもしれない。

その上で毎日楽しく暮らさせていただくのだから、
おそらく耳さえ澄ませば、目さえ開けば、
そのカケラに気づかぬ道理はないのだろう。

私たちはセレンディピティでできている。

それってなんだか、
心ぽかぽか、あったかくなるなあ。

2月14日(火)シアワセな時間

午後の予定がひとつ吹っ飛んだので街に出る。
駅一つ分歩こうとして、早々に本屋に吸い込まれ、
結局4時間もいてしまった。
電話がかかってこなければ、
きっと閉店までいただろう。

買おうと思って腕に抱えた本のほかに、
立ち読みを何冊も続ける。各階の面陳、ワゴン、ニッチ、棚差し。
これが楽しい。ブックサーフィンというヤツだ。

老夫婦がひとつ先の書棚の間を通り抜けながら話している。
「しかしまあ、よくも世の中こんなにたくさん本があるもんだ」
「本屋さんで待ち合わせると退屈しませんね」

小さい頃、本屋さんに行きたいときは母に言うと、
特別予算でまとまった額のお小遣いをもらえた。
その枠内でどの本を買うか、たっぷり迷ったものだ。
迷うのも楽しかった。

同じ気持ちでさまよっている。
昔と違うのは、予算を決めるのは自分というところ。
生きることの自由度が増えるのはいつでも痛快だ。
当たり前だけど、大人になって本当にヨカッタと思う。

さて。読むぞー!

人の話に耳を傾ける、
それも注意深く耳を澄ます、
これは才能のひとつだ。
その気になれば誰でも持てる、
天賦ならぬまこと慎み深い努力の才。

いずれ何かの形で社会にお返しします。
そう言いながら、縁あって私のところに来てくれた、
誰かの思索のカタマリを手にする。
いつだってワクワクしながら。敬いながら。

2月13日(月)卵巣を食べる女

プラットフォームから巨大なビル群が見える。
夕暮れ時、灯りの並ぶ空中回廊を人が行き来する。
その先に極彩色のバッタ屋、電気屋、ゲーム屋、劇場…
アキハバラの電気街はますます全体がBLADE RUNNER化している。
オモシロイ街。

以前、日経新聞の記事でお世話になったライターさんと、
初めて顔を合わせる。今日はBIGLOBEの新コーナー取材。

細かいことは『重曹生活のススメ』を読むので、とおっしゃり、
そもそもこんな活動をしている理由は、と切り込んでくる。
「胃薬で掃除できるのは不思議だったから」と答える。
重曹との出会いは1997年、かれこれ9年になる。

少しずつ、いろんな本を出版しながら、専門家に教えてもらいながら、
あちこちのフィールドに落ちている知恵を拾い集め、統合していったこと、
今もその途上にあること、同時代の横のネットワークが宝であること、
地球と私たちの体がこの「持続可能な」生活システムのお手本であること、
などを話す。

モノの見方が変わるところが一番すごいところかもしれませんねえ、
と、共に柚子はちみつ茶をすする。そうそう。ですからね、と言葉をつなぐ。
重曹=掃除というテーマはかえってモノの本質を見誤りますよ、
重曹が掃除もできる胃薬であった理由を思い出してくださいね、
とお願いし、のみならず、重曹が掃除もできる入浴剤であったり、
掃除もできるイオン飲料であることも、おもしろおかしく付け加える。

夜、会合で訪れたお寿司屋さんで珍味が出てくる。
白子焼き。
うう、私これダメなんです、なんだか脳に似ている。
この発言、さっそく白子をほおばっている同席の男性陣を震撼させる。

ではその代わりに、とまた珍味。
クチコです。なまこの卵巣。
どうあっても生殖器を食べよというのね、と板さんにジャブをかまし、
一口噛んでみる。恐ろしく強いうま味が口の中に広がる。

「ふーん、卵巣なら食べるんだ」
どうやら、からかわれている様子。

ええ。殿方は今日が満月ということ、ご存じありませんのね。
今日は特別な月、陰暦で今年最初の満月ですのよ。
そのことを思い知るために、こちらを頂きますの。

みなを煙に巻こうと不意に口を突いて出た、
芝居がかった言葉を、私の耳も聞き取って反芻している。

本当にそれを思い知るためではなかったかと、
どこか不思議な感覚を覚えながら。

ビックリ箱はいろんなところに仕掛けられている。
人生は、電気街以上にオモシロイ。