2007年8月30日(木)海を渡る

霧雨の降るような、降らぬような。
調べ物をしていたら、
知らぬまに陽が傾いていた。

暮れ方のアスファルトは、
黒々と波打ち、夜の海を固めたよう。
横断歩道の信号が青に変わるのを待つ。

道路に描かれた縞模様は、
アスファルト部分がやや低いので、
そこに水がたまっている。
白線だけ踏もうと歩幅を広げると、
自然にはずむような足取りになる。
ゆっくりとステップ。
い・な・ば・の・し・ろ・う・さ・ぎ。

仲間と海にずらっと並んで、
岬までうさぎを渡した和邇(ワニ)は、
謀られたと知ってうさぎの皮を剥ぐ。

最後が肝心、と、
側溝に流れ込む水を避け、
ひときわ大きめのステップで、
対岸の歩道に着地する。

白い和邇の群れは、
今もそこかしこにいて静かに横たわり、
本当なら通れぬ海を通してくれている、
のかもしれないと考えると、
都会の雨もちょっと楽しい。

2007年8月17日(金)どんと鳴った花火だきれいだな

とれたてのとうもろこし。
ゆでたての熱々を手にとる。
噛むとプキッと音がして、
あまく豊かな味わいが、
一気に口に広がる。
なによりの贅沢。

三方を海に囲まれた、
碧い半島の畑から、
この夏たぶん最後になるだろう、
花火を見た。
hanabi
ちょっとブレてます。ごめんなさい(^^;
今年はずいぶんたくさん鑑賞したなあ…花火。

枝豆も、米なすも、かぼちゃも、
みんなみんなとれたてだった。
地鶏も魚もおいしく焼けていたけれど、
ゆでてよし、焼いてよし、
できあがりを皿に盛っておくと、
知らぬ間に手がのびて、
どんどん先になくなっていったのは、
野菜たちじゃなかったかしら。

やっぱり季節は、
いちばんのご馳走。
おやおや、手にしたビールも、
ふだんなかなか一缶飲みきれないのに、
ゴキゲンで空いている。

ほろ酔いで、
でも一度聞いてみたかったことを、
パーティーの主催者に尋ねる。
気取らず、サバサバした人。
第三世界と紛争地域の支援に、
生涯をかける人。

ボランティアってなんだと思われますか。
災害援助や、環境活動、地域振興など、
いろいろな形がありますけど、
それらを善意とか社会貢献とか、
もっといえば正義とか、
そういう言葉でひとくくりにするのは、
どうもフィットしないというか、
ほんとのツボじゃない、という気がします。

テラスのリクライニングチェアに腰かけて、
海を眺めながらその人は言った。

結局、他人の人生と本気で関わろうとするかどうか、
ということではないでしょうか。

どんなボランティアも?
横顔に訊ねながら、
ずしりとこたえた。

そう、思い当たる。
確かにそれは巻き込む。
自分を変え、人を変える。

報酬がないとわかっているのに、
あえて行動する動物というのは、
自然の法則に反している、と、
ある生物学者氏に言われたことがある。
直接的にはその通りだろう。

しかし、ないわけがない。
おそらくボランティアの報酬とは、
おそるべきものなのだ。
エソロジー的な視点では見えなくとも。

行動が外の物質面に影響しなければ、
そのまま内なる精神への衝撃となるだろう。

それはやわらかい、生きている何かを、
ぶるぶると揺さぶり、質的変化を促す。

そういう意味では、
わかりやすい対価とは、
目に見えているぶん、
退化に近いのかもしれない。

などと考えながら、
間近な花火の音を腹に感じている。

どん!
どんどん!

2007年8月10日(金)海と花火

葉山から、
鎌倉の花火を眺める。

黒い海から、
ふらふらと光が昇り、
一瞬おいたあと、
色彩が爆発する。

派手な迎え火だなあ、
と、つぶやいた人がいて、
そういえば盆の入りですね、
と、めいめい思いめぐらす。

テーブルに置かれたシャンパンのように、
小さくはじける遠花火。

蒸し暑いけれど、
湘南の夜にはもう秋虫が鳴いていて、
季節の変わり目を感じさせた。

もっともその後、
おそろしく混んだ電車に揺られて、
酔いも情緒も吹っ飛んだのではありますが。

家に帰り着いたのは、
夜中12時過ぎ。
一緒だったみなさま、
大変お疲れさまでした。

2007年8月6日(月)なにから自由に

このところ、スーパーの食品などを中心に、
こんな言葉を見かけるようになった。

「チャイナフリー」

安全不信から生まれたキャッチフレーズ。
中国産の原材料が含まれていないことを表す。
でも、初めてこの言葉を聞いたとき、
奇妙な感じがあった。

言いたいことはよくわかるし、
それをしっかりと謳うことが、
買い手の安心と店の売上げに貢献することも、
とてもよくわかるのだけれども。

何がひっかかるのか、ずっと考えていて、
チャイナを別の単語に置き換えてみた。
「毒物」「雑菌」
うん、表面的にはそういうこと。
それらを避けようということ。

でも本当は、
自分と関係ない誰かが、
死んだってかまわない、
という「思いやりの欠如」。
それをなんとか避けようということ。
それがいちばん怖いのだ。
私の奥底にもあるものだから。

今手の中にある食べ物の作り手を思えば、
温かさが感じられるというのは幸せなことだ。
そうではない生産物を識別するために、
また新しいレッテルが生み出された。

チャイナフリーという言葉を見かけるたびに、
そのレッテルの裏に隠れているものから、
アナタモ今サエ、自分サエヨケレバ、ソレデイインデショウ?
と、問いかけられているように感じる。

それはおそらく本当は、
具体的な国の名前などではなく、
人間がずっと対峙してきた、
ある地獄の名前なのだろう。

合掌。
ヒロシマの日に。

2007年7月19日(木)聴く薬

サラ・ブライトマンを聴いている。
ネオ・クラシックスだからな、どうかな、と思っていたが、
知らないうちに、けっこうくせになってしまった。

天上の美声はなにを歌っても許される、
ゾクゾクさせてくれるものだなあ…。

彼女が歌うスカボロー・フェアーの中に、
パセリ、セージ、ローズマリー&タイムという、
呪文のような言葉が出てくる。
いろんな苦難を超え、恋人が戻ってくるよう、
願いを込めたハーブの名前。

この曲はもともと広く吟遊された、
古くからのバラッドのひとつ。
中世の人々にとって、
それらの薬草はやはり大切な救いであり、
霊的援助すら感じたものかもしれない。

前の晩、一睡もしない状態で、
2時間近い夜中のドライブを余儀なくされたとき、
いつもだとハードロックでテンションを上げるところを、
(そうでないと気持ちのいい曲など、α波が出て絶対寝てしまう!)
ふとブライトマンのアルバムをBGMにしたことがあった。

不思議なくらい眠気を感じなかった。
曲を聴きながら、あの問題はこうしよう、
このデッドロックはこう乗り越えようと、
むしろ頭は静かに冴えてくるのだった。

「ブライトマンは、 きくハーブ」
詩人が聞いたらあきれるかしらん。

2007年7月17日(火)プラスティックブレード

たたらで鉄を作り、
刃物にすることに興味を持つくらいだから、
もしかしたらフェチかもしれないと、
うすうす自覚はしていたものの。

空港で、小さな万能ナイフを取り上げられた。
これまで数々のトラブルの種となってきた。
しかし持たずに旅することなど決してなかった、
分身のような銀のヴィクトリノックス。

ダスターに落ちる音に、
耳を塞ぎたくなった。
オワリだ。
世界のオワリ。

もとはといえば、うっかり習慣で、
手荷物にしてしまった自分が悪いのだが。

ふらふらと空港をさまよい、
これからどうやって生きていこう、とうろたえる。

大げさではない。
これまで何度も危急を救われてきた。
中国の奥地で、通りかかった行商人から小さなリンゴを買い、
それで剥いた。体調を崩した友が、
やっと口にし、笑顔を見せてくれたこと。

日本のように親切な切り口がなく、
いくらひねっても開けられない袋にスッと切り目を入れ、
必要な中身を取り出せたことも、何度となくあった。

針と糸さえあれば、布は繕えるというけれど、
本当はそうではない。糸を切る「刃物」がなければ、
裁縫は完成しない。急な纏りやかけはぎにも、
それはいつもそばにいてくれて、頼りがいがあった。

大事なお守りをなくした気分で、
シートに沈み込んでいたら、
機内食の時間となった。

ナプキンにくるまれたカトラリーを出す。
フォーク、スプーン、そしてナイフ。
そこでおやと気づく。
ナイフだけは透明なヘロヘロのプラスティックなのだ。
そこまで神経質にならなくてもいいだろうに!

さきほどの空港警備員の有無をいわさぬ態度に、
少しは納得がいったけれど、
ねえ、かつて飛行機は、食事の時間ともなれば、
機内のオーブンでローストビーフが焼かれ、
刃渡り30センチはあろうという大きなナイフで、
ワゴンから好きなだけ肉を切り分けてくれたそうですよ。

それを牧歌的と懐かしむだけでしょうか。
なにがそこまで人々から自由を奪い、
がんじがらめにするのでしょうか。

これでもう、空港の荷物チェックで、
警備員とケンカすることもなくなると思ういっぽうで、
どうやったら刃物を持って旅する自由を取り戻せるのか、
およそロクでもないアイデアが、あれこれ頭の中を駆けめぐる。

そうこうするうち、轟々と大気を切る翼に導かれ、
刻一刻と、この身は地上に近づきつつある。

2007年7月15日(日)毛深い椅子

久しぶりに会った友達、
初めて知り合った人々が入り交じり、
皆で美味しいものを食べようということで、
街一番の高級店に行くかどうか議論する。

行きたい派は、贅沢なものばかり注文せず、
今おいしい食材を店の人に聞いて、
地元の料理を楽しめば大丈夫だという。

行かないほうがいいんじゃない派は、
そのハナシに懐疑的。人数が人数だけに、
もっと安くておいしいところを探そうという。

30分ほど、もめたり電話をしてみたり。
結局、超がつくほど高級ではないが、
気取らない家庭料理の店としてはかなり有名、
というところに落ち着き、ぞろぞろ移動する。

街中のショッピングセンターの2階。
店内の壁に、数枚の写真が貼ってある。
仲良く肩を組む、父と息子とおぼしき料理人の姿。
先代の父は、まさに本日、行くかどうかを取りざたした、
超高級レストランの料理人だった。

政財界の大物や金持ちのために腕をふるい、定年で辞めた。
店を出してやろうという投資家たちの誘いを全部断り、
退職金もなにもかも、有り金はたいて自分の店を開いた。
店は次第に評判を呼び、家族連れが押し寄せるようになった。
以前の賓客たちも道端にメルセデスやロールスロイスを待たせ、
家族連れの隣のテーブルで、変わらぬ腕前に舌鼓を打った。

そんなこんなであっというまに手狭になった店は、
となりの衣料品店がたたまれるとき、
そことつなげて少し拡張されたけれど、
相変わらずショッピングセンターの2階で、
賓客ルームも駐車場もなく、そしていつも満席だ。

あちらのテーブルではティアラをつけた少女が、
家族一同になにかのお祝いをしてもらっている。
こちらのテーブルでは、おじいさんのためのお祝い料理。
しわしわの手が木槌を持ち、なにかの蒸し焼きだろう、
一番外の塩釜を割ろうとしている。コン、と音がして、
あとはちゃんと取り分けるために一度皿が下げられる。
うーん、儀式っぽくていいね。

私たちもをたくさん食べ、たくさん笑った。
おいしいもの、めずらしいもの、なつかしいもの。

さて、そしてお会計。
トータルを見た人間がうなっている。
どうしたの? 高いの? 安いの?

高い。けれども、安い。
のぞき込んだ人間がコメントする。
最初の予算に毛が生えたくらい。

これにはみな笑った。
まあ、あれだけ飲んで食べたのだ、
思ったより少し高かったけど、
超高級レストランで遠慮しながら食べるより、
このほうがよかったじゃないか。

そうだね、“毛”程度だからね、
よしとしましょうか、と、
2軒目のバーに流れると、
そこの椅子がなぜかちくちくする。

よく見ると、座面に毛が生えているのだ。
ビロードではなく、もっと粗い密度の、やわらかい毛。
おかげで「○○に毛」の構文で、
いろんなものに毛を生やしてはその意味を考える、
奇妙な二次会ゲームが誕生した。

というわけで本日のキャッチコピー。

be hairy,
be bold,
be audacious!