愛しき果実

今年も河内晩柑が届いた。
年中暖かく、日差しの多い地域でないと育たないため、
生産量の少ない、しかしとてもおいしい夏のミカン。

和風グレープフルーツとか、夏文旦とか、
ジューシーオレンジとか、美生柑とか、
いろんな名称で呼ばれている。
熊本で見つかった枝変わり(突然変異)で、
手に入るようになって数年経つけれど、
初夏になるたび、その香りとほろ苦さ、
やさしい甘さに感動する。

高級果物店などには、たぶん、
すごい値段で置いてあるかもしれないが、
もし万が一スーパーなどで見かけて、
玉のサイズがある程度大きいなら、
即買いの価値あり。

農薬不使用ならマーマレードにするのもおすすめ。
実より皮が好きという人もいるくらいだ。

熊本県河内村には、
今も河内晩柑の原木があるという。
昭和十年頃にこれは優秀な新品種だと、
認知され始めたというから、
もうそうとうな樹齢だが、
毎年元気に実っているそうだ。

これとよく似た話を、
別の柑橘でも聞いたことがある。
静岡の寿太郎みかん。
徳島の酢橘。
ともに原木は枝変わりで、
発祥の地で大切に受け継がれている。

ということは、
不思議な枝ぶりや、見慣れぬ実の様子を、
注意深く観察して、大切に育んだ人がいる、
ということなのだ。はじめの一枝、
不用意に剪定してしまえばオシマイのものを。

そりゃあ見る目には自信あるもの!
寿太郎さんはほがらかに言っていた。
それに木が教えてくれるから、と。

やっぱり酢橘の実も古木になると、
若い木よりやさしい味がすると大麻の村人は言った。
この木はとても長生きでねと幹をなで。

そんなふうに、人との関わりの中で、
どんどん良い性質を現していくタチバナ科の植物の、
大胆さと健気さにいつも驚く。

神話の中で、
海に身を投じた弟橘媛命を、
どこか思い出させる。
まこと愛しき果実だと、
それぞれのいわれを思い出す。