用あって、
H.D.ソローを読み直している。
文庫を持ち歩いていたら、
タイトルを読み取った人に、
ああ、あなたらしいと言われ、
そうかな、ずいぶん久しぶりなんだけど、と、
ぶつぶつ独りごちる。
読み直して驚くのは、
そのほとばしるようなエネルギーだ。
他のネイチャーライティングとは一線を画す、
今なお若者の魂を鼓舞してやまない、
熱情に満ちた文章。
こんな感じだったか。
自然を描いた文学というよりも、
この本は自然を背景に、人間に対して叫んでいる。
声を限りのアジテーション。
だからこそ多くの若者(ばか者?)が、
ソローの説く生活に魅了され、
本気でよろよろ出奔した。
第四の革命、
すなわち人間の社会を情報爆発が覆った、
現代に生を受けたとしても、
ソローは同じ言葉でアジるだろうか。
指さす森はあるだろうか。
明け方、頁をくりながら、
時折やってくる猫をなで、
赤い朝日を見ていた。
すぐそばの生き物は温かく、
気まぐれに声を発し、
生まれ落ちてから命を閉じるまで、
まごうことなき森の生を生きている。