恐れていたことが・・・・

とうとう、本当の限界に差し掛かっていることを感じざるを得なくなった。

子供達に母の影響が出始めた。

私が疲れきってることを、子供達は感じているから、たまに家に帰って会っても、部屋が散らかっていることに文句も言わないし、山盛りの洗濯物の中から、自分の着替えを取り出すこともおとなしくやっている。
むしろ、大丈夫?とか、上で寝てていいよ、なんて、ありがたいことさえ言ってくれる。

まともな夕食さえこのところ作ってあげられず、朝食の席にもいない、役立たずの母だ・・・。
なのに、顔を見ると、宿題やってるの!?遊んでばっかりいないで、あれやこれややんなさい!と、叱るのではなく、怒ってばかり・・・・。
本当にだめな母だ。

だが、こんな異常な状態が長く続くはずもなく、先週の終わりごろから、子供達は、パパに起されても朝、起きられなくなってとうとう2日続けて学校に遅刻。
そんなだから、朝食も(前日用意していても)食べず、忘れ物は増え、宿題は提出できていない。塾では居眠り、空手にもピアノにもやる気が見られない・・・学校だけではなく、それぞれの先生や師範代からそういう連絡が相次いで入る。

会社での仕事もかなりかさんできた・・・。
この土日から、半日だけ弟が母を看るのを変わってくれた・・・・すったもんだあってのことだけど・・・・。
でも、この対処さえ遅すぎたのだと思う・・・。

もう、ぼろぼろだ・・・・私の家庭は・・・私は・・・・。

それでも、母のリハビリをまだぐずぐずと続けている。
「もう少しですね」・・・・と、どの先生も言うけれど、どれくらいかは分からない・・・・。

たった2ヶ月でしょう?と、人は言うかもしれないけれど、私たち大人の2ヶ月と子供のそれは確実に違うのだ。
家に戻るたびに子供が成長していて驚くような、そんな時期なのだ。

本当に辛いのは、まさにこういうことなのだと思う。
二者択一。
家族を立てれば母が辛い、母に充分なことをしてあげれば、家庭がおざなり。
どちらも全力でやっても、所詮体は1つだということなのだ。

「介護、大変ね~」なんて、知らない人に言われると、すっかりむかつく自分がいる。
軽く「そうなんです~」とかわせない。複雑な思いと余裕の無さとが渾然一体となっている。
挨拶代わりに使うには、あまりにも重い言葉なのだ。

肉体的な大変さは相当に耐えられるようになったけれど、この、精神面での揺らぎは大きな傷を残す事が分った。
自分にも、周囲にも。

子育ては、1対1でも檻の中。風の流れや外の風景が見える。
介護は塀の中。風も通らないし、外も見えなくて真っ暗。

自分がこんな真っ暗な中にいることに気づいて驚愕する。今さらなんだけど・・・・・・。
母を憎む気持ちはまだ幸いな事に産まれていないけれど、これが、わがままで泣き叫んだり、聞き分けがもっと無かったら、産まれていたに違いない。
そして、はたと、また、元に戻る・・・。

さて、この後、どうしよう・・・・少し軌道修正しないと、もう、10日もはもたないな・・・・。

悩みが深いのも、介護の持つどうしようもない面なのかもしれない。