うわさ

みんなの前で倒れた母のことがあちこちで噂になってることは承知していた。
倒れたその日から・・・・。

許せない噂も、、何でそんなことに・・・?という不思議な噂もいくつかあった・・・。

でも、家族にとってはとても悲しい噂もある・・・。

近所のまったく信用できない、しかも耐えられないくらい口うるさくて、周りの人達を混乱させることの好きなおばさんが一人いる。
PCを扱うことなどまずないから好き勝手書くが、私自身も主婦になってここに帰ってきてから、実に嫌な思いを何度もしたものだ・・・・。
子供の間は気付かなかったけどね。

同情されるべき事情はいくつかあるけれど、それにしても、周囲の人達にあれほど嫌な思いをさせてわがまま放題に振舞わなくてもいいと思う・・・。

同情されるべき点はあれども、明日をも知れないというような不幸なものではなかったのだから・・・当時・・。

そんな近所のおばさんが、色々あって、母と同じ病院の隣でリハビリを受けている。
健康を損なうに至るまで、自業自得的なところがあって、自分の体をぞんざいに扱っていた・・・つまりは不摂生がたたってのことなので、私はあまり同情はしないのだけど。
気をつけなくてはいけないところを無視すれば必ず体は悪くなるのだ・・・。
事故や突発的ではなく、「自業自得」という単語のままに生きてる人なのだ。
私は、理性がない人間を軽蔑こそすれ、決して同情はしない。
彼女は、今も本来なら健康に過ごせているのに、自分からそれを捨てたのだ。
どこまで追い詰められても自分の生活を律しなかった。
ほんの少しの食事の改善であったり、ウォーキングや運動であったのに、それを無視し続けたのだから・・。

この病院は、母のように緊急の患者をもちろん受け入れるけれど、その後、通いでリハビリを受ける人達のためにもう1棟作ってあり、遠いところの人や、家族が看る事が不可能な人のために、入院設備も病床数は少ないけれど設備もある。
そのおばさんも半身不随であるから、通っているのだ。

私はまったく近所の噂や、誰が何をしているといったことに興味がないので、そのおばさんがそこに通ってるということさえ知らなかったし、上記のとおり興味がなかった。
入院して退院して、今は通院しているということは、「お見舞い金」を集めに来てくれた人に聞いて知っていたけど、特別仲が良い、ということもないし、共通点も皆無。
単に「たまたま近所」という間柄だから興味の対象でなくても仕方がないだろうと思う・・・。

ところが、そのおばさんが、近所の人に私の母が「すぐに良くなって、杖をついて歩けるようになる」と言いふらしているというのだ。

それを私の不在中におばあちゃんに確認に来た人がいて・・・・。
否定しなくてはならないおばあちゃんには実に辛いことだったに違いないのだ。

確認に来た人は早々に状況を飲み込んで退散したらしいが、相当におばあちゃんにはつらい会話になったようだった。

その内容が本当ならどんなに良いだろう、でも、現実はそうではないのだと認めなくてはならないのだ。
家族間では決してそんな楽観的な話は出ない。
口にするたびむなしくなるからだ・・・。
ただ、今あるものをしっかりと見つめるだけが精一杯だというのに・・・。

大体、担当医から家族さえ聞いていないそんな話を他人にするわけがないのだから・・・・。(守秘義務はあるだろう、そりゃね・・・・)

必死で戦っている私たちにどんなにかひどい仕打ちだとその人のことを恨む暗い気持ちが生まれる。
前向きではないこんな気持ちをだれも持ちたくなんてないのだけど・・・。
それでもこういう気持ちを持ってしまう。
遠回りに、かなり深く傷つけるには絶好のやり方だけど・・・。
こういう経験をしたから、私はやはり、人の話は、特にこういう繊細な話は決してお天気代わりに話さないでおこうと決める。
このあたりでは「お母さんどうなんな~?」と、お天気代わりにみんな聞いてくる・・・・決して話したくはないというのに・・・・。
そんなことより、局面に立ったその人のことを思いやり、気遣おうと思う。
ひとつ、指針が出来たことは良かったことかもしれない。

くだらない感情で気分はローになってたけど、まあ、そろそろ、またハイに修正して、今日もがんばろう。

本当にそれくらいまで良くなって、みんなをびっくりさせるのも悪くはない。