4月10日(月)音楽アディクト

仕事場で、カタカタとキーボードを叩いていたら、
いきなり耳をひっぱられた。

正確に言うと、
耳に入っているイヤフォンのヒモをひっぱられた。

ひっぱった女性は、
屈託のない美人のキャリアウーマンで、
いつも顔を合わせてはバカ話に興じている。

「ああ、これいいわね、私もそうしようかな」と、
話しかけても答えなかった私の無礼を責めもせず、
耳栓状態をおもしろがり、デスクワークに集中できそうね、と、
体に装着してある携帯プレイヤーの位置を探す。

ええ、正直言って中毒状態。
この世に散らばる曲、
全て集めて耳に流し込みたい。
そうするには時間もお金も足りないけど。

そう答えると、なにがそんなにいいの? と聞き返される。

うまく答えられない。

昔ずっと頭の中で音楽が鳴っていた、
その頃の状態を取り戻そうとしているような気もするし、
疲れたとき、これだ、という音楽を聴くと、
なにかどこか修理されているような感覚もある。

とにかく、今は極限まで飢えた子どものように、
ガツガツと音楽を食べている。
その衝動を止められない。
中毒という以外になんと言えばいいだろう。

ちょっと聞かせて、と言われ、
イヤフォンを貸すと、音の良さに驚いている。
まあ、大きなステレオみたいだわ、と。

でも、実際にステレオで聞くと、
CDやレコードほどの厚みのある音は出ないんですよ。
たぶん、耳にぴったりの音源だからmp3って言うんじゃないかな?
と、ふざける。

そう、これは、
ヒトの耳が最も重要と受け取る周波数だけを、
効率よく強調した、音響心理解析に基づくハリボテの再生音。

そのことを忘れてはならないのだけれど。
風の音、波の音、生の声、生の音楽、
それが最も素晴らしいことはわかっているけれど。

世界中の美しい音という音、全て耳に流し込みたい、
抑えがたい衝動が噴出したのはいつだろう、
何がきっかけだったろう。

そんなこと、不可能だから、
せめてハリボテの、まぼろしの、
音をたくさん、耳に流し込む。

こんなに焼き付くように、何を渇望しているのだろう。
今は、まったくわからない。

まぼろしも、くり返し見れば、
地上に肉体をもって降り立つときが来るだろうか。