和に限る、と言いながら、フタを開けてみると、
存外、洋のものを選んでいたりする。
頭で思っていることと、体で“思っている”ことは違う。
「何でも買っていいよ。
自分が食べたいもの、他人に食べさせたいもの、
好きにディナーのメニューを組んでごらん」
と、デパ地下に放たれた。
食品売り場を一巡りして、
正直、途方にくれる。
ここには何でもある。
人の胃袋の一食分はだいたい決まっている。
今宵集まる人々のために、食のストーリーを組み立て、
ふさわしい料理をふさわしいポーションで用意するのだけれど。
それってけっこうムズカシイかも。
選択肢ありすぎて選べないかも。
さて、どうしよう。
結局、名の知れた和食の名店がサアどうぞとばかりに、
大御馳走をズラリ並べているにもかかわらず、
買い物の足が向いたのは、カジュアルな洋風献立の道筋だった。
まずワインセラーで赤を一本。
それから、デリカテッセンでフレッシュグリーンのサラダをたくさん。
鮮魚コーナーで出合った大きめのホウボウ一匹に、
生鮮野菜コーナーで生ハーブをちょこちょこ用意する。
これは香草焼きにするつもり。
そして。
最初一周したときからステキだと思っていた、
とあるショーケースの店へ。
まあるいパイとキッシュ、タルトが並んでいる。
その中からチーズとポテトのキッシュ、カスタードのタルトを購入。
ワンホールずつ、大きくて平たい箱に入れてもらう。
ひとつずつ、ひとり分ずつ、皿で出てくるコース料理もいいけれど、
皆でワイワイいいながら同じ食べ物をつつく食事は楽しい。
ホールで置いて、食べたいだけ好きな角度を申請しよう。
「45度でお願い」「とりあえず22.5度」「90度行ってみようかな」
和食は、その成り立ちが、ひとりひとりの前にお膳があり、
決まった皿が並んでいるところから始まっているためだろうか、
皆の前に山盛りしても、下手をすると、
かえって総菜風に見えてしまうのだな、
と、あとで自分のあわただしい無意識の決断を分析した。
キッシュやタルトはフランスの家庭料理だけど、
ホールで差し出したとき、ちょうど和食の鍋モノみたいに、
丸いフォルムが皆を笑顔にしてくれる。山分け感のあるところが、
皆をニコニコ、いつのまにか食卓の仲間にするのかもしれない。
洋のものを和のように、
和のものを洋のように、
プレゼンテーションできるといいな、と思う。
互いが見事なアンチテーゼになっている、
それゆえ、和洋は互いに自らを映す良い鏡だ。