どういうわけか、柑橘類がたくさん届く日だった。
頼んでおいたもの、おすそわけして下さったもの、庭で穫れたもの。
伊予柑、ポンカン、ネーブル、デコポン、有田みかん、セミノールと、
まるで日の光のような明るい色でキッチンが輝く。
風邪をひかないように、とお心をいただいたり、
レモンはおまけです、とメッセージが添えてあったり。
柑橘ひとつびとつを本当にありがたく、もったいなく思う。
柑橘の橘は、姫の名前。
ヤマトタケル命の妻神、弟橘姫の名にある。
荒れる海神を鎮めるため、自ら海に入って戻らなかった。
波打ち際に打ち上げられたのは、姫の櫛。
櫛もまた、姫の名前。
スサノオ命の妻神、櫛名田姫の名にある。
八岐大蛇に食べられるところ、櫛に姿を変えて助けられた。
大蛇の体から出てきたのは、アメノムラクモ剣。
この剣、縁あって受け取ったのはヤマトタケル命。
のちにクサナギ剣と呼ばれ、命のピンチを救った。
櫛に終わるヤマトの悲しみの物語と、
櫛より始まるイズモの冒険の物語と。
その間をひとつの剣がつなぐ。
剣を持つは、いずれも勇猛果敢な男神。
果実が傷みにくいよう、ひとつずつ丁寧に並べていたら、
イモヅル式に神話世界の断片が次々と立ち現れて、
しばらく空想にふけってしまった。
明日から、ミカンをむくたびに、
姫神たちが飛び出してきそうだ。
オレンジを半分に切るのは、
いにしえの剣の小さな化身。
それにしても、有無を言わさぬ物量に、
思考ってけっこう引っぱられるんだなあ。
それもまた楽し。夢うつつ、その綱引きも楽し。