波は毎日変わる

うーん、やる気のないメニューだね。

白いクロスのかかる、
大きなテーブルの向こうで、
ガストロノーム氏はそう評した。

レストランの空気が凍りつく。
その氷をシャリシャリとかきわけ、
連休どうしてらしたのと話しかける。

しかし氏の機嫌はもう直らない。
あれはないの? これはないの?
じゃあこんなの作れない? 

むしろハードルは高くなり、
マネージャーは緊張していく。
フロアとキッチンを何度行き来しても、
両者の折り合いはつかず。

わかりました。
このスープが終わったら出ましょう。

初夏の夜。
エントランスの外はツツジが満開。
氏はすたすたと去り、
マネージャーと私は直角におじぎをする。

少し前までいつも予約でいっぱいだったのに、
あっという間に客がひいたね。
たぶん、もうすぐなくなるだろう。

その予言はきっと正しいのだろう。
素材も調理もサービスも死に体だった。
でも大通りをめざして歩くうち、
今夜はもういいやと思う。

ぴかぴかのグラスやカトラリー。
繊細な料理や楽しい会話。
そういう、特別な時間を過ごすために、
レストランを訪れたけれども、
本当は、ほら、その自販機のドリンク1本で、
生きていくには足りる。

はやりすたりの波。
そんなのはたいしたことじゃない。
今とてもやっかいなものが、
毎日動いて形を変えている。

メキシコ湾の原油。
欧州の火山灰。

海の生き物も、空の鳥も、植物も。
じわじわインパクトを受けるだろう。
今誰もその全容を知らないけれど。

新しいお店に入るか聞かれ、
もうおいとましますと答える。
礼を言い、詫びを言う。
スープとワインの。

家に帰り、ネットに入る。
油と灰の分布を見て、
そのあとはふと仮想の火星に飛ぶ。

地球より少しだけ小さく、
太陽に少しだけ遠い。

今は波もなく、死んだように静かな、
赤い兄弟星の上空を飛びながら、
あなたはなぜ、そしていつ、
どんなふうに壊れたの? と、問いかける。

空きっ腹で。