風トンボ

台風一号が鼻先を掠めていくとかで、
ずっと雨の降りやまぬ東京から、
山口に電話をかけた。

元気ですか、と力強い声。
なにやら電話の向こうはにぎやかで、
これから田植えの祭りだという。
青年神職さんたち数十人が集まって、
今年のイセヒカリの苗を、
田に植えるところだった。

五月の風が山あいの田をなでていく、
中国山地のやさしい景色が見える。

クモが巣を張り、オタマジャクシが泳ぐ。
静かな水泥に動くタガメやヤゴの姿。

あの土地の上流には、
田んぼもゴルフ場もない。
ただただ山からの清冽な水が流れてくる。
これ以上はないというくらい、
有機無農薬栽培に適した土地なのだ。

田に入る神職さんたちの足も、
その水に触れるだろう。すてきだなあ。

以前、沖縄出身の方が、ふるさとでは、
台風の来る前はトンボが無数に飛ぶので、
ああ、二、三日したら嵐だなとわかると言っていた。

群れて飛ぶのはカジフチダーマー(ウスバキトンボ)。
「ダーマー」は「ヤンマ」のようなトンボの類を指し、
「カジフチ」は文字通り「風吹き」の意味だという。

奄美や高知では同じトンボのことを、
「シケ(時化)トンボ」という。やはり低気圧の前ぶれで、
群れた後は海が荒れるという言い伝えがあるようだ。

だからといってめずらしいわけではなく、
これから秋にかけて日本でよく見かけるトンボ。
田んぼや沼、小さな水たまりなどでも育ち、
一カ月もすれば成虫になる。

今年もまた、あの自然田は、
ヤゴのかっこうのすみかになるのだろう。
呼んでくるのか、呼ばれてくるのか、
大風の使者である小さなトンボたちの。