缶ビールを買って

花冷えの街で、
線路わきの崖にへばりつく桜と、
その桜を囲んで励ましているような、
菜の花の群生を見つけた。

かなり垂直に近い土の壁に、
金色の光を散らしたような菜の花。
その上に、鳥の巣のようにもじゃもじゃに、
からみあいながら手がかりを得ていった、
桜の、細くて長い枝がかぶさっている。

 どうしたの、こんなところに。

思わず言葉が口をついて出た。
枝先に二輪、三輪。
これからもっとたくさん咲くだろう。

 でもちょっと、お花見にはむずかしい場所だねえ。

なぜか桜に話しかけている。
あまり気づかれないでいたのかな。
通りからそれほど距離はないけれど、
足がすくみそうな崖っぷちに、
何年かかったのだろう、
這い上がるすべを見つけて。

捨てられたのかもしれなかった。
朽ちていくための場所というなら、
その急峻はちょうどよい空き地ともいえた。
でもそこに根を張り、伸びてきたのだ。

そのもじゃもじゃはとてもきれい。
桜の、生きるための苦闘の跡そのものなのに、
どこかのビルの前に置かれていてもおかしくない、
複雑なオブジェのように見える。

背面にいつも死があって、
前と上にだけ生存の空間があった。
歪んだ条件がほかにはない形を生み出し、
それをより美しいと感じる人間がいる。

満開の頃にまた来ようと思った。
近くまでは行けないけれど、
小さな缶ビールを持っていって、
この桜に乾杯しよう。
立ったままで。

まもなくこの寒さもゆるむそうだ。
そうしたら、春の錦はどこもかも、
急速に織り上がるだろう。