夜中の、
しんとした湯船にひとり浸かる。
炭酸水素ナトリウムイオン濃度523mg/lの天然温泉。
他にも無数の陰陽のイオンが溶けている。
お湯は最初熱く感じるけれども、
手足を入れてしばらく経つと、
なんともいえないまろやかさにくるまれ、
力まなくても耐えられるようになる。
鉄分の多い赤湯。
湯船のへりのリップルマークも赤。
湯の口から流れ出す新鮮な湯を、
すくいとって顔に当てる。
肌がシュクッと引き締まる感じを覚え、
あ、膜が張ったなと思う。
普通なら、洗顔で石けんを使うと、
水ですすいだ瞬間に起こる感覚だけれども、
ここではそれが少し遅く、しかもやさしい。
おもしろいなあ。
土地の自然に遊んでもらっているようだ。
すっぱだかで。
全身全霊で。
この湯のカミサマは、
鉄と重曹をご重用。
まこと私たちの血に似ている。
鉄が酸素を運び入れ、
重曹が水素を運び出す。
しかし、アルカリ溶液中で、
鉄が溶けているのは容易ではないはず、
と思っていたら、翌朝、
透明の器に注いでみてわかった。
鉄はまさに、固まりかけの血液のように、
赤茶色の浮遊物となってふわふわと湯中を踊り、
やがて静かに器の底に落ち着いた。
このように沈んでいってしまった鉄を追いかけて、
生き物は食物連鎖を繰り返しているとも言える。
やはりそう簡単ではないんだなあ。
昔々の地球のことと、
私たちが今ここに、
こういう姿で存在しているわけを、
ものすごい勢いで聞かされている気がして、
さっき見た鉄分よろしく、
私という一個体のささやかな思念も、
しばしそのあたたかい赤い源泉に漂う。