たたらで鉄を作り、
刃物にすることに興味を持つくらいだから、
もしかしたらフェチかもしれないと、
うすうす自覚はしていたものの。
空港で、小さな万能ナイフを取り上げられた。
これまで数々のトラブルの種となってきた。
しかし持たずに旅することなど決してなかった、
分身のような銀のヴィクトリノックス。
ダスターに落ちる音に、
耳を塞ぎたくなった。
オワリだ。
世界のオワリ。
もとはといえば、うっかり習慣で、
手荷物にしてしまった自分が悪いのだが。
ふらふらと空港をさまよい、
これからどうやって生きていこう、とうろたえる。
大げさではない。
これまで何度も危急を救われてきた。
中国の奥地で、通りかかった行商人から小さなリンゴを買い、
それで剥いた。体調を崩した友が、
やっと口にし、笑顔を見せてくれたこと。
日本のように親切な切り口がなく、
いくらひねっても開けられない袋にスッと切り目を入れ、
必要な中身を取り出せたことも、何度となくあった。
針と糸さえあれば、布は繕えるというけれど、
本当はそうではない。糸を切る「刃物」がなければ、
裁縫は完成しない。急な纏りやかけはぎにも、
それはいつもそばにいてくれて、頼りがいがあった。
大事なお守りをなくした気分で、
シートに沈み込んでいたら、
機内食の時間となった。
ナプキンにくるまれたカトラリーを出す。
フォーク、スプーン、そしてナイフ。
そこでおやと気づく。
ナイフだけは透明なヘロヘロのプラスティックなのだ。
そこまで神経質にならなくてもいいだろうに!
さきほどの空港警備員の有無をいわさぬ態度に、
少しは納得がいったけれど、
ねえ、かつて飛行機は、食事の時間ともなれば、
機内のオーブンでローストビーフが焼かれ、
刃渡り30センチはあろうという大きなナイフで、
ワゴンから好きなだけ肉を切り分けてくれたそうですよ。
それを牧歌的と懐かしむだけでしょうか。
なにがそこまで人々から自由を奪い、
がんじがらめにするのでしょうか。
これでもう、空港の荷物チェックで、
警備員とケンカすることもなくなると思ういっぽうで、
どうやったら刃物を持って旅する自由を取り戻せるのか、
およそロクでもないアイデアが、あれこれ頭の中を駆けめぐる。
そうこうするうち、轟々と大気を切る翼に導かれ、
刻一刻と、この身は地上に近づきつつある。