10月20日(金)私たちは星

保育園の保母さんたちと勉強会。
身近にある、食べることのできるような安全な材料で、
お手ふきや虫よけ、リフレッシュナーなど、
いろんな日常の備品が作れることを伝える。

なかでも、「清潔にする」ということが、
必ずしも「無菌にする」ということと一致しないという話は、
少し意外だったか、たくさんメモを取られていた。

重曹をベースにするという意味で、
地球と私たちは同じという見方がある。

同様に、大勢の生き物がその上で共生するという意味でも、
地球と私たちは同じという見方ができる。

生まれてきた子どもは新しい惑星のようなものだ。
周りの大人という「古い惑星」にだっこされ、キスされ、
お風呂に入り、口から食べ物をもらいして、
そこから移住してくる小さな住人たちを、
知らないうちに受け入れる。

核家族よりは大家族の中で育ち、
たくさんの“移民”を受け入れること、
そしてどろんこになりながら、動物と遊びながら、
あるいは友だちととっくみあいをしながら、
いつのまにか、いろんなエイリアンが、
その新しい惑星の上で交流することが、
豊かな生態系に恵まれた丈夫な星を作る。

星の住人は多いほうがよい。
多様であるのがよい。
仲良く棲み分けるのがよい。

無菌を目指すというのは、
誰もいない星にするということだ。
そうすれば確かに、その星には何も起こらないけれど、
なんだかさびしい風景が広がる。岩と土くれだけの。
それを清潔と呼ぶだろうか。
それは星の命を守る方向に働くだろうか。

おぼろに月の光の差す中、
駅を目指して夜の商店街を歩く。

考えてみれば、
この人混みもざわめきも、
なんと福々しいことだろう。

Twinkle twinkle little star,
how I wonder what you are.
私たちひとつひとつが星。
それが乗るのも星。

それは入れ子構造をしている。