10月2日(月)松茸の宴

生まれて初めて、という量の松茸を目にした。
豪気に築地から仕入れたという。
すごいー。国産松茸が大箱にいっぱい、
こぼれんばかりに入ってるー。
それも二箱ー!

人間は驚くと語尾が延びるのだなあ、と思いながら、
単純に圧倒されるのであった。
この世にはやはり、ひれ伏したくなる迫力、
というものが存在する。(大げさ)

松茸ごはん二種、土瓶蒸し、焼き松茸と、
得も言われぬ香気に陶酔。
幸福感(口福感?)にひたる。

炊き込みごはんはやはり、
土鍋で炊くほうが美味しいと全員一致。
最新の圧力炊飯器は、もちろん合格点の仕事をするが、
それが物事のベストではないという話。
なんだか現代を象徴している。

合格点をクリアして、高め安定は確かにエライ。
でもときに失敗するかもしれないけれど、
いいかげんでいつも頼りにならないかもしれないけれど、
たまにとんでもないベスト・オブ・ザ・ベストを生む道を、
もっと許容する社会にならないものかしらん。

つまりはスサナルの暴れる気持ちを、
松茸を食べながら炊飯器より論じる。
予定調和のレール上をあえてはずれる贅沢は、
確かに平和のなせる技かもしれないですけれど、
道草は楽し。子どもの頃、そう思いませんでした?

地図のない小さな探検の先に、
いつも思いがけない異次元への扉があった。
私たちの魂は、むしろそのようにして、
遊びながら豊穣にたどり着くのではないでしょうか。