鬼の目にも涙(2008.9.7)

1ヶ月くらいも経って、ようやく、死んだことが認められるようになってきた。
11年、一緒に暮らした愛犬が逝ってしまったこと・・・。
ホロリとは来ても、滅多に泣かない私が、顔全体が腫れ上がる位、泣き通してしまうという体たらく・・・
子供たちは驚き、混乱していた。
相方は、ねねが来るまでは犬嫌いだったのに、私より涙もろい人なので、私より泣いて泣いて、男泣きに泣いて、更に子供たちを混乱させた。
夫婦揃って、子供を慰めるどころの騒ぎじゃなくて、自分たちの悲しさを胸に収めるのに四苦八苦していた。
努力なんて空しく、涙は本当にいくらでもこぼれてきた。
そんな親を見ながら、子供たちは泣きながら、「死」というものの重みと残酷さや悲しさと、ねねのいた時間の思い出を一緒に受け取っていた。彼らも辛い時間を一緒に味わいながら、でも、私たちよりはずっと早く、強靭に立ち直っていくのを見せた。

モンゴルから自宅に戻って、2日目の夕方に、突然倒れた。いつもの生活の中で、普通のリズムの中で、突然休止符が打たれた。
まだ暖かい・・・すぐに相方とぐったりとしたねねを必死で病院に運んだ・・・・。
解剖をしていないので、本当の原因は不明だけど、おそらく心臓麻痺・・・。手遅れだった。
時間外なのに、支払を受け取ってくれなかった病院の先生は、ねねが家に来てからずっとお世話になっている、頼れる主治医さんだった・・・。
1ヶ月半前の検診では、とても元気で、悪いところなどどこにもなかった・・・・
11歳・・・人間で言うと70~80くらいかな・・・・10歳で60歳と言われているから・・・一度、腫瘍ができて死にかけたことがあるけれど、その時は緊急手術で助かった・・・。
このところ、目に見えて散歩の距離がどんどん短くなって、眠る時間が増えていたことは気がついていた。顔も随分と白髪が増えて、ゴールデンなのに、シルバーだね、なんてなでなでしていた・・・
それでも、いなくなるなるなんて想像もしてなかった。
まだ数年は一緒に過ごせる時間を持てると、信じて疑わなかった・・・
来年には下の子も中学生、本当に、ねねとべったりと過ごせるようになるはずだった・・・
なのに、こんなに突然、いなくなってしまった・・・。
今でも、これを書きながら、うっかり涙がこぼれてしまう・・・・。情けなくも、ペットというものの存在の大きさは、私の中でかなりな比率を占めていることに気がついた。あまりに深く生活に根差していて、引き抜かれてしまうとどれほどの穴が開くのか、自分でもこうなるまで分からなかった。
モンゴルのブログをなかなか進められなくて、他の仕事も集中できなくて、不甲斐ないことになっていた。
心あるのかないのか、励ます為かもしれないけど「また新しいの飼えばいいじゃない?今度はどんな種類のにする?」なんて気軽に言う人もいる。
犬種の問題じゃないんだよ・・・ねねはずっとねねで、他の犬ではないのだもの。家族と10年以上、濃厚な時間を過ごした、大切な生き物だったというわけなのだから・・・・。
これから別の犬を飼っても、それはまた別な時間を過ごすことになる新しい一員・・・・今までずっと埋めていてくれたねねとは違う存在なのだもの・・・。
ああ・・・まだブログに書くには早すぎたのかもしれない・・・・思い出すと涙は出てくるものなのだ。
あの暑い日、大きなねねを、愛用のマットにくるんで、予約を入れた火葬場に運んだ。相方とえっちらおっちら・・・・。
そして骨にしてもらった。もう、助手席に自分からはお座りしてくれないのだ。
1時間半後焼きあがった真っ白で、美しい骨の中から、いつも肩にかけてきた前足の骨と、立派な犬歯をお菓子の箱の中に入れて持って帰ってきた。
家族の一員だもんね・・・・そう言って、息子達2人も一緒に来て、骨を拾った。
金属の箱の中でカタカタとなる骨の音は、いつも散歩に行く時のねねの足のリズムを思い出させた。
しばらくは、私の行動が鈍くなって、頭もぼーっとして、何も考えられなくて、何かやろうとしても、敏感に反応できなかった。
このブログがトップに来て、モンゴルの更新は少し遅れて、下にくっついてくると思いますが、ご了承下さい。