あてにしていた蕎麦屋が休みだったので、
近くをうろうろして小さな食堂に入る。
諸々打ち合わせをしながら、
ゴハンでも食べましょう、という趣向。
相手はもりもり定食を食べるが、
私はどんぶりゴハンと味噌汁、キャベツの漬け物。
あまり胃がちゃんと動いてないので、といいわけすると、
もっと鍛えなきゃだめだ、と説得される。
ときどきズシンとくるものを食べて胃を育てなさいと。
確かにこのところ流動食っぽいものばかり。
そうだ甘やかしているぞ、隣の女性は、
ギョーザ二人前を平らげているぞ。
食べつく、という言葉がある。
食べる気になる、食欲が出て箸を取ることをいう。
「なんとかして食べつかせなければ」
材料や調理法、飾り付けをあれこれ工夫して、
食べ物を口にするよう、うまくもっていくこと。
自分を食べつかせる、というのは、
なかでも別種の努力を必要とするものだが、
人は最後はそのようにして自分自身をもてなす身になれ、
と教わったことがある。
あやすのではなく、もてなすこと。
よりよく命を守っていくことは、その命を深く理解することだ。
なにもそれは他人との間だけに成り立つのではない、
自分の命に対しても同じなんだと思う。
ではまた、とお別れし、一人歩く。
夜風には、秋の冷涼がかすかに染み始めている。
突然、おいしいものをたくさん思い出す。
季節に食べつかせていただくのかしら。