母も良くやってくれる。
施設にお世話になり始めてから、嘔吐下痢やトイレでバランスを崩して、腕を打って、治るまでリハビリが少ししかできなくて、症状が悪くなった。
ようやくそういうことがなくなって順調順調・・・・と思っていたら、今度は義父が・・・。
季節は冬、ということもあって、もともとあまりお茶とか飲み物を飲むと言うことも習慣として持たない人と言うこともあって・・・・・給水をあまりしなかったらしい。
リハビリ中に突然、チアノーゼを起こして倒れた。
救急車で、大学病院へ緊急搬送され、ICUへ・・・・。
その事情を告げる義姉の声も震えていて、かなりパニックを起こしているようだった。
それはそうだろう、自分の目の前で、みるみる血の気の引いていく父親の姿は、ショックを与えるに違いない。
生と死が、現実に目の前で交錯するのだから・・・。
その気持ちがとてもよく分かる。
数ヶ月前、私も倒れる母、突然過呼吸になる母を見て、そんな気持ちになったのだから・・・。けれど、逃げ出せない現実だから・・・・。
くっきりと、生と死が浮き上がって見える・・・・。
それが介護の持つ、残酷な一面だ。
誰もが生と死の狭間を歩いてるのかもしれない・・・だけど、どの位置にいようとも、普段は意識もしないことだ。
常に見せつけられると言う現実は、否が応でもそれを意識せざるを得ない。
愛しい者の辛い現実を自分も一緒に抱えなければならない。
家族と言うのは、そういう一面もあるのだと言うこと。老いた自分も連想させられる。
マイナスの部分が膨らむと、人はきっと幸せを感じられなくなったりもするのかも知れない。
介護をすることの恐怖はこんな些細なところにも潜んでいる。
普段まるきり気付きもしなかった影は、付きまとって離れない。
また前を向いて歩くけれど・・・気付かなかったかのように前を向くけれど・・・・後ろにある影に一度気付いてしまったら、ずっと前ばかり向いていられなくなる。
足をとられないように、後ろ向きに引っ張られたりしないように、力を込めて歩く。
今まで、平らな道をすたすたと歩いていたのに、介護と言う道は、まるで沼の中を歩いてるみたいに危うくて、バランスをとりにくくて重い・・・・そんな感じだ。
うっかりすると自分も沈んでしまうような・・・・。
介護って、精神面も大変だ。
介護できるだけのボルテージをいつも保つことは、ものすごいことなんだと、ことに最近そう思う。
精密検査の結果、何もなくて、予定通り施設と自宅とリハビリクリニックを行ったり来たり出来るようになった義父を見て、家族が皆安堵した。
ほんの少し、足元が見えるだけで、不安は随分と軽くなる。
かなり疲れた・・・精神が・・・・。
寝て癒せればいいんだけど、そう、ことは簡単ではないね。