先日、東京に行ったとき、一緒に重曹の講座をやったメンバーと一緒に、あるレストランに入った。
結構、空調がきつくて、風が直接当たって寒いくらいだった・・・。(確かに外は暑かったので・・・・)
ちょうど食べ終えたところで、私は、右に向いたまま、首を元に戻せなくなった・・・。
それは、先ほど入ってきたご婦人の香水のニオイがかなり強烈だったから・・・。
私より、左側に座られた・・・・。
同じことを、私より風下にいたメンバーは、やはり気づいたらしく・・・。
「すごいニオイだね・・・・・」
と、こっそり話し合った。
以前なら、少し香水がきつい人だね、で終わっていたのだと思う。
でも、味覚だけでなく、ナチュクリを始めると、臭覚までもが敏感になって、色々なニオイを嗅ぎ分けることができるようになる・・・。
ちなみに、ここはカレーのレストラン。
各種香辛料の香りが立つ中、明らかに、その異質なニオイだけ、嗅ぎ分けている自分がいる。
多分、その御婦人にとっては「匂い」であり、「香り」を楽しむものであるというのに、私たちにとっては「臭い」であり、不愉快なものだ。
私に至っては、最近、何に反応するのか分からないんだけれど、人工香料の特定の成分に反応して、鼻水が出てくる有様だ・・・。
今回も、最初は、空調のせいなのかとも思ったが、どうも、そうではない・・・。大丈夫な香水もあるけれど、色々なものに使われている、共通の成分のどれかではないかと思う。
合成洗剤、柔軟仕上剤、香水、オーデコロン、芳香剤・・・これらのものたち、ふとした時にランダムに感じることが多い。
ぷんぷんするくらい臭くても、(ニオイ自体は不愉快でも)体の反応はないこともあるから、なにかあるのだろうな、と思う。
どれに反応するのか実験する気はないけれど、以前は平気だった物質だったんだな。
今は、だめになっちゃったけど。
香水婦人も、多分、その成分が含まれているものを使用しているらしい・・・・と私の体は語ってくれる。
都会生活は、こんなストレスも溜まりうる可能性に満ち満ちているわけなんだね・・・。
そういえば、最近、赤ちゃんを抱かせてもらえる機会に何度も遭遇しているのだけど・・・。
頭の先から衣服まで、人工香料のニオイがぷんぷんしている場合がある。
恐らくは、本人も、家族も気づいていない。
いや、むしろ「洗いたてのいいニオイ~♪」と思ってる可能性さえある・・・。
数年前の我が家がそうだった様に・・・。
臭覚は麻痺する・・・あのニオイをかぎ続けると・・・。
そして、危険を察知できないほど鈍くなる感覚がある。
敏感では、生活ができないから、麻痺させるんだろうな。
驚くのは、家に戻っても、赤ちゃんを抱いたり、触ったりした部分のニオイが残っていること。
アロマやそんなもののニオイとは異質なものだ。
もともとのアカンボの持つ、甘やかで優しいニオイとは違うものが私の衣服や体に吸着している。
最近の死体は腐りにくいと何かで読んだ・・・。
生まれた時から・・・いや、母親の胎内にいるときから、こんな風に化学物質にさらされていればそうなってしまうのも仕方ないかもしれない。
ずっと、防腐剤の中に浸っているようなものなのだから・・・・。
今、そうでない生活を始めたから、そう思うし感じるけれど、私もかつてそういう生活にどっぷり浸かっていたのだ・・・なんとも恐ろしいことに・・。
このレベルのニオイは、一度洗濯をすればとれてしまうけれど、それでも、かなりきついな、と思う。
衣服を通り越して肌にも移っている。
こんなに強力なものを、知らずにずっと身にまとっているということは、将来、一体どうなるのだろうかと思う。
化学物質を出す為のデトックスを始める前に、取り込まないための方法も身につけなければきっといけないと思うのだ。
自分のためにも、将来を託す子供達のためにも、胸を張って、正しいことを伝えていかなくては・・・と思う。
ただし、そんなに力まず、のんびりと構えてね。
童話でも読み聞かせするみたいに・・・・。
洗剤と石鹸については、「のんちゃん考」を一度入れたいな、と思っているけれど、その中の「香り」についてさえ、感想だけなのに、これほど書きたいことがたくさんあるのにも驚く。
ちびちび、また書きます。
「香り」それは、日の光を浴びて育つ植物たちから発せられる生きるパワーを含んだもの・・・字形から・・・。
でも、人工的に作られたその化学物質は、自然の恩恵からかけ離れたところで作られてることを、決して忘れてはいけない。
ヒトの体は、自然の中で作られたものだから・・・どんなに自然に似せても、いずれ、違いに気付くのだ。
色々な疾患としてね。