だいぶ、容態が落ち着いた。
一通り、知人からも電話があり、「今はお見舞いご遠慮願います」と話し・・・・ごたごたの2週間だった。
でも、悪いところ、回復が望めない部分もクリアになってきた。
一番皮肉なのは、「認知症」。
母から、思い出も、身内も、友人も、そして未来も、すべて奪い去った。
母にあるのは、「今」だけだ・・・。
これから先、あるいは、少しはましになるかもしれないが、母の生きてきた60数年の一体どれくらいが残るのだろう。
限りなく0に近いパセンテジを突きつけられる。
ただ、体の感覚には、かなり期待が出来るものもある。
随分、座っていられるようになったし、難しかった「嚥下」(えんげ・飲み下すこと)がうまく出来るようになって、ストローでなら水分を取ることが出来るようになった。
もう、点滴ばかりに頼らなくても、水分補給が出来るので、点滴の時間が(小さなサイズになったので)ぐっと短くなった。
短くなった分、リハビリの時間が増えて、ますます手や他の箇所は動き始めた・・・スムーズに。
「今」しかない母ならば、その「今」を、できるだけ快適に、過ごしやすくしてあげなくてはならないのだと思うから・・・・。
暴れたり、わがままを言う患者ではない。
人がいなければ、下をうつむいていたり、自分の手や足を見つめていたりする・・・。
自分と他人、他人と自分という個体の差を果たして分かっているのかも実のところ分からないが、手を握るのは好きなようだ。
それで、「差」を「違い」を理解しているようだ。
今日は、随分私の顔をじっと見つめていた。
本当は分かっているのかな?と思うくらい真剣に見ていた。
何か引っかかるのかな・・・・自分の娘の顔は。
今はそれくらいでいいや・・・少しずつでも思い出せれば、ゆっくりとしたペースで・・・・。
そして、アロマを施して、今日も洗濯物を持って帰る。
毎日毎日、「今」だけを生きる母は、私たち、過去を引きずってる人には見えない何かを見ているのかもしれない。
母にしか分からない世界を、隣りあわせで、私も見つめなくてはならなくなった。
見つめて見つめて、でも、私には見えない刹那なのかもしれない。
今は、手だけでつながっている母と娘だけれど、時間がゆっくり過ぎれば、もう少し、なにか、つながりが思い出せるか、新たに構築できるかもしれない。
そう言う日を信じて行きたいとまた心の底にそっと刻み付ける・・・。