2月20日(月)負けを知る

このあいだから、
ずっとうなされている。
同じセリフがリフレインする。

講座が終わったあと、
あるご婦人が個別質問にいらした。
「私はいつも重曹水を使っているのですけどね、
 お掃除が終わった後、ビネガー水でリンスというのは、
 本当はやらなくていいですか」
ビネガーで中和しなければ重曹が析出してきて、
ザラザラ感を起こすことがありますが、
気にならなければそのままでも結構ですよ、と答える。

「うん、ザラザラは困るんですけど、
 でもビネガー水でもう一度というのが面倒で。
 水拭きではダメですか」
水拭きだとまた残った重曹がいずれ析出して、
何度も拭きとりが必要になりますよ。同じ手間なら、
ビネガー水で中和したほうが一発で終わりにできますよ。

「ええ。でも別に重曹水で拭いたあと、
 放っておいてもいいんですよね、本当は」
ザラザラが気にならなければ大丈夫ですよ。

「ビネガー水を使わないといけないですか」
重曹を中和して、一度で仕上げ拭きを済ませるには、
そのほうがいいと思いますよ。

「でも面倒なんです。重曹水だけで終わりたい」
ザラザラが気にならなければ、それでも大丈夫ですよ。
………

件のご婦人はきっと、
講師の口から、「ええ、ビネガー水など使わなくても大丈夫」
という太鼓判を引き出したかったのだろう。
でも何度聞かれても、答えられることはひとつだった。
重曹でお掃除、ビネガーでリンス。
残った重曹は乾くと析出する。
それをリンスするにはビネガーがよい。

自然の法則をうまく利用する暮らし方は、
面倒だから法則そのものをねじ曲げたい、
という人間のクレームには応えてくれない。
ものの道理を変更できる者はいない。

市販の製品ならば、ご婦人の要望に応えて、
面倒な手間をより省く方向に製品を改造するだろう。
「シャンプーしてリンスするのが手間」
ハイ、では一手間でOKのリンスインシャンプーを作りましょう。
「そもそもすすぎがイヤ」
ハイ、ではすすがなくていい柔軟仕上げ剤を作りましょう。
いかようにも物質を合成いたしましょう。
何も考えなくてよいように。ひたすら便利に、簡単に。

そのようにして、人工物質をどんどん開発し、
目先の利便の上に乗っかって私たちは生きてきた。
だからだろうか、ともすれば、
自然物質である重曹やビネガーも、クレームをつければ、
自らの都合のいいように変わってくれるのではないかと、
これまでの頭のどこかで期待している。無意識のうちに。

地球と同じ原理で暮らすことが、
重曹やビネガーを使うことだ。
どうやって命の理を変更するのだ。
そんな力は人間にはないということを、
この際、負けを認めるということを、
そのとき、ご婦人の心に届けたかった。
でも、できなかった。
その悔しさ……これで何日目だろう。
まだうなされている。
まだまだうなされるのだろう。

美しい音楽を聴いても、
友と楽しく笑っても、
どこかで傷が膿むように、
今もうなされている。
重曹と一緒にうなっている。
地球と一緒にうなっている。